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政治経済の動き

世界と日本の政治経済の考察

民主化のレベルは憲法の在り方で異なる

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自由を否定する中国、自由を要求する香港と、自由を制限する日本

 

 

中国から自由が消えた天安門事件

中国は1981年に胡耀邦が共産党主席に就任すると、政治改革を断行し、中国人は民主化の空気を少し味わうことが出来た、この時が、日中関係が最も良かった時代であった。民主化志向や対日姿勢が保守派の習仲勲(習近平の父親)や長老の鄧小平などの実力者により攻撃され、胡耀邦は1987年に失脚した。胡耀邦が1989年に死去すると、民主化を求める北京の学生や市民10万人が天安門に集まり、胡耀邦の追悼と民主化を要求した(天安門事件が起こった)。軍の鎮圧により、多くの学生や市民が犠牲になった。天安門事件により中国から自由が消えた。中国政府はネットを24時間365日監視し、政権批判や民主化の動きが国内に広まることを防いでいる。

 

香港の雨傘革命

香港は1997年7月英国より中国に返還された。その際50年間は中国とは異なる「一国二制度」が認められた。香港の住民は「一国二制度」により言論の自由や司法の独立などが保証され、中国共産党により管理されないと考えていた。しかし中国政府は香港の「一国二制度」をなし崩しにして、香港の民主化の動きを封じ込めている。

 

中国政府は、香港での民主化を封じ込めるために香港政府の行政長官の選挙に中国政府の意向に沿わない人が立候補できないように画策した。これに香港の学生は自由が損なわれると考え、香港政府に抗議し警察と衝突することになった。この学生たちの民主化の動きは「雨傘革命」と呼ばれた。学生たちの抗議の座り込みは3ヶ月続いたが、警察により強制排除された。

 

香港では、中国共産党を批判したり、共産党幹部のスキャンダルを暴いた禁書と呼ばれる書籍が多く出版されている。昨年、禁書を扱う書店関係者が5名が中国政府に拉致され、中国本土に連行された。長期の厳しい取り調べを受けた後、1名を除いて最近、解放された。解放の条件として禁書の情報源と購入者のリストを中国当局に差し出すことが要求された。解放された書店関係者には絶えず見張られ身の危険を感じている。

 

中国返還記念日の7月1日に、香港の学生や市民約11万人が中国政府の出先機関前に集まり中国共産党による「一国二制度」の破壊や、暴力的手段で書店の閉鎖、出版や言論の自由の妨害を止めるように、抗議のデモを行った。

 

日本における自由の制約

安倍政権は日米安保条約を基軸として日本の防衛を考えている。そのためこれまでの内閣と異なる解釈で集団自衛権の行使を可能にした。更に、軍事機密の漏洩を防止するために特定秘密保護法を強行可決した。これにより日本の報道の自由度は民主党政権下での11位から一挙に72位に低下してしまった。政府が国民に知らせたくないことを秘密指定すれば、国民は知ることが出来ない。さらに、政府は不都合な情報の公表の時期を恣意に遅らせている。最近の例として、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用実績の公表を通常の7月上旬を7月下旬に遅らせ、政権に対する批判を弱め参議院選挙に影響が出ないようにしている。政府首脳は公表を遅らせる根拠を何ら示していない。都合の悪い情報を隠蔽したり、出し惜しみをするのは、国民の知る権利に対する挑戦である。更に今年2月、高市総務大臣は「放送法4条」により放送局が政治的な公平性をかく放送を繰り返したと判断した場合は、波停止を命じる可能性に言及した。これ以降メディアの政権批判は確実に少なくなっている。

 

ポピュリズムの砦としての日本国憲法

自由民主党は自主憲法制定を党是としている。日本国憲法はGHQの指導で作られた憲法ではあるが、ポピュリズム耐性の強い憲法である。今日ポピュリズムが世界を席巻している。政治家の甘い言葉を国民は信じてしまい、国は混乱の憂き目に遭う。英国のEUからの離脱、フィリピンの外交経験のない新大統領、アメリカのトランプ大統領候補、など枚挙にない。

 

日本国憲法の改正要件は世界で最も厳しいものである。参議院は3年毎に半数を改選するため、政権与党は政策や運営能力が国民に支持されなければ、次の選挙で政権を失うか、連立を組まなければならない。日本国憲法下では、ポピュリズムで政党が両院で3分の2を占めることは事実上不可能である。

 

まとめ

  • 憲法の上にある中国共産党により、民主主義が損なわれている。
  • 若者が自由を死守する香港
  • 報道の自由が失われている日本
  • 政権の上にある日本国憲法により民主主義が守られている。